私のブログを振り返る
私のブログの書き始めは、2007年8月16日23時38分。家族に後押しされて、書き始めた。
弘前生活を始めて4か月半。
北国の単身生活。
その友に、ブログを書いてみよう。
何となく、開始した。
1日1記事。
生活で感動したことを書く。
そう決めて、ずいぶん経った。
今でもそうだが、会議がある日など頭がそれで一杯になる。
ブログを書く余裕はなくなる。
それでブログを書かなかった日が1日ある。
2007年8月22日だ。
ブログを書かなかった。
これには自分で反省することしきりだった。
何があっても、1日40分位は自分の世界に入っていいはずだ。
それすらできないことってあるのか。
今でもそう思っている。
2007年8月16日に書き始めたブログは今も書き続けている。
8月22日の1日を除いて。
それで、このブログは814回目。
1日1記事だから814記事。
最初の1か月位はテーマを探していた。
読者を過剰に意識して、おもしろい情報を探していた。
写真を入れて、読んでもらうことに努めていた。
続けていくうちに、そんなことを考えなくなった。
取材ノートももたなくなった。
カメラはいつももっているが、ブログで使うという意識は強くはない。
例外はあるが、朝起きてその時に頭に浮かんだことを書くことにした。
目が覚めると30分前後、天井を見ながら何を書くかを決める。
そんなことだから、ほとんどが前日に起きたことになる。
もちろん、例外はある。
本やイベントのPR。
ブログに書くと、インターネットのエンジンで全国に広がる。
本や著者がネットの世界に書きこまれる。
ブログにはそんな特性があるから、悪口は書かない。
問題点は直接的には言わない。
それがブログを息長く書くことにつながると信じている。
私の日常の一コマになった。
書くことはやはり大変なことだが、あまり前後のことを気にしない。
40分の朝の勤行だと思っている。
60人前後の人が読んでくれている。
私のつぶやき。
今日も元気で生活しているという挨拶のブログ。
物足りないという声も聞くが、それでいい。
パソコンの悪戯(いたずら)
学生たちから笑いが出た。授業中の学生のテンションが低いのと、私の講義内容がつまらない。
その両者から学生の笑いはほとんどない。
自慢じゃないが、それが私の授業。
そこで失笑!
教壇にいる私にはそん風に聞こえ、あわてた。
この日は久々にパソコンを使って授業を行った。
学生に長めの資料を映像で見せる。
そんな試みとして、パワーポイントとインターネットからの画像を使うことにした。
教室の機材の使い方がわからない。
プロジェクター、スクリーン、パソコンとの連結。
慣れていないので、どれも結構面倒。
前の大学や非常勤の大学で何度か経験。
基礎ができていないために、その都度手伝ってもらっていた。
11月5日(木)15時55分。
授業開始5分前に講義室に入って準備を始めた。
実際には、その直後にやってきた事務職員が1,2分でセットしてくれた。
さて、授業が始まった。
せっかくセットしてもらったスクリーンを上にあげ、前回の復習。
板書をする。
キーワードを書きながら、何やらしゃべる。
ひとしきりそれが終わると本題へ。
教壇の灯りを落として、スクリーンを下げてパソコンからレジュメ画像を見せる。
この辺りまでは、順調・・・。
いつものように私の話は長い。
取りとめがない。
ぐるぐる話が回る。
私の悪い癖は、話のつぼに入ったらそこからなかなか出てこれないこと。
話が長いのだ。
授業時間は1時間半もあるので、素手でやっている場合にはそれでもいい。
少なくとも講義をする私にとってはいい。
早く進めよと思っている学生は多いはずだ。
学生が見ている画像と関係なく、話を続ける。
ここでも私だけが盛り上がってしまった。
それで、スクリーンの画像を放ってしまった。
1つの画面のまま、長めの話をしたのだろう(その時間の意識がないのが、問題なのだ)
その時、スクリーンの画像が突然切り替わった。
わが家の雪景色の風景。
畑の風景。
1つの画面で話すのがあまりにも長いので、パソコンが切り替わった。
私のストックにしている写真が、学生の前に出てしまった。
それを見た学生からの笑いが冒頭のもの。
変な写真ではないので、よかったが・・・・。
あわてた私は元の画像に戻して、写真の説明。
恥ずかしいのだが、それを隠して、11月3日の初雪とそれをブログに書いた話をした。
学生向けに私のブログを見てくれるようにいうことで何とかその場をしのいだ。
パソコンの使い方がいまだに十分わかっていない。
ワープロとして活用することから始めて、撮影した写真をストックする。
通信とブログにも使えるようになった。
どれも基礎を学ばすに、我流でやっている。
だから、こんなパソコンの悪戯(いたずら)を受ける。
つがる市の稲垣温泉
「この部屋は何日か前に亡くなった三遊亭円楽さんが泊まったんです」「たしか吉永小百合さんも泊まったと聞いていますよ」
「JR東日本のPR映像を撮りに津軽に来られた時に、宿泊されました」
稲垣温泉ホテル花月亭。
その奥まった部屋で会議。
11月4日(水)15時過ぎから始まった。
つがる市のブランド推進に関するアドバイザー会議。
あおもり映画祭を16年も続けている人。
つがる市木造町出身で青森ねぶた師を張っている人。
それに私。
この3人を中心にした6名の会議。
それに18時から市長が加わった。
主題はつがる市のブランド推進。
これまでの活動を総括して今後にどのようにつなげるか。
まとまった時間をとってフリートーキングをする。
私が弘前に入って最も深く関わっているまちはつがる市だ。
弘前から40キロ近くも離れているが、
この2年4か月の間、ずいぶん訪問した。
その訪問先のほとんどは木造。
旧木造町だ。
つがる市は旧木造町、旧森田村、旧柏村、旧車力村、そして旧稲垣村が合併。
平成17年につがる市となった。
市役所のある木造は何度も行った。
朝市、つがるブランド認定委員会、商店主との懇談・・・。
つがる市でのいろんな機会は、ほとんど木造地区で行われている。
弘前から木造に行くのは、旧柏村を通過するし、
鰺ヶ沢町まで足を延ばすと旧森田村を通る。
南3地区はほぼ土地勘ができた。
車力村も何度か自分の車で行った。
旧稲垣村に自分の車で行ったのは、これが初めて。
ちょっと楽しみにしていた。
大学から1時間余で会場。
岩木川左岸部の堤防道路をひたすら北下(川下に向かう)すると、街場があった。
稲垣だ。
森田地区の街並と同じ程度だと思った。
旧稲垣村役場のそばの稲垣温泉ホテル花月亭。
実はこのホテルの半額宿泊券をずいぶん長くもっていた。
弘前に赴任する前に、東京・八王子で何かの景品として入手。
元々の宿泊費は結構いい値段なので、弘前に持ってきていた。
機会をねらっていたのに、いつしか期限が過ぎていた。
そんな場所であった。
食事をはさんで21時まで議論した。
たくさんのことが語られた。
都合6時間の会議。
この源泉掛け流しの宿に泊まることを勧められた。
翌日のことを考えると弘前に戻った方がいい。
自分の車で帰路についた。
岩木川の左岸部の堤防道路。
対向車のない道路。
車のライトを上にあげて走った。
こたつ中心の生活
一気に寒くなった。ひと桁台の気温。
これまでと10度位低い。
11月3日(火)文化の日は休日。
雪が一面を覆った。
太陽と雪雲とが交互に現れる。
秋の光と白い雪が変わりばんこに登場する。
自宅に巣ごもりの一日だった。
飼い犬のダンが外に出すように求める。
鼻で求めるように鳴く。
それではと、外に出すと、今度は中に入れろと鳴く。
犬だって、この雪への準備ができていない。
求めに応じて、家に入れる。
オクサンは上京。
私と犬一匹。
この日の生活場所はこたつ。
食事もこたつ。
新聞を読むのもこたつ。
本を読むのもこたつ。
テレビを見るのもこたつ。
ブログを書くのもこたつ。
居眠りするのもこたつ。
こたつは私のすべて。
当初は職場に出かける予定。
その気が突然の雪で萎えている。
気合いが入らない。
私の中の怠惰の虫が強い。
犬が散歩を求めると庭に出す。
夜にショートコースの散歩。
戻ったら、またこたつに入る。
食事は家にあるもので済ませる。
庭の畑からシュンギクとキャベツを取ってきて、食べる。
ちょっと火を入れ、新鮮野菜の香りに満足。
食べる場所もこたつ。
日本シリーズのテレビ観戦。
どちらも応援していないのに、こたつ観戦。
あまりにもだらしがないと思い、風呂に入って考え事。
やることはいっぱいなのに、こたつに戻る。
反省、反省、反省。
こたつ生活にのめり込む。
これまでの2年の経験から、雪は続かない。
秋の雪。
雪国生活の準備を求める雪。
冬予告の淡雪は消えつつある。
そんな雪に萎えた私のメンタリティ。
居場所はこたつ。
北国・弘前の冬は、それでは駄目だ。
移動するメンタリティがいる。
こたつ中心ではいけない。
北国の冬はそれほど長い。
今も、こたつに入ってそう思っている。
文化の日の初積雪
「以前、大学祭を11月上旬にやっていてね。その3日のうちの1日はみぞれが降る。それでいつの頃からか、10月下旬の土日に大学祭が移動したんだよ」
11月2日(月)の10時頃、弘前大学の同僚の教員がつぶやいた。
外はみぞれが降っていた。
たしかに寒い。
前日の気象情報は北日本に雪が来ると伝えていた。
私にとっては3年目の秋の終わり。
これまでの2年は11月の20日前後に雪が来た。
覚悟の冬が来た。
それまでに2週間ほどの時間がある。
そう思っていた。
みぞれが降った。
女学生が「初雪だ」とはしゃいでいた。
思い立って、自宅近くの整備工場に車を入れて、タイヤ交換を頼んだ。
これまでの2年より1か月早い。
自宅と勤務場所の大学までの距離が遠くなった。
11月5日につがる市に車で行く予定がある。
それで躊躇なく、タイヤを冬仕様に換えた。
11月3日(火)の朝、外は雪。
突然の雪。
いや、お約束の雪。
・・・・・。
初雪である。
私の自慢の畑は雪に覆われた。
ダイコン、ニンジン、キャベツ、シュンギクが雪で区別がつかない。
ホウレンソウ、カブも雪の下。
いまだに花をつける小さなトマト。
それらのすべてを隠している。

[ネギが畑であることを教えるのみ。左側の高い緑はミニトマト]
家も雪がかぶった。
弘前のもう一つの世界が現れた。
白いベールがすべてを覆っている。

[隣りの敷地から撮ったわが家。雪化粧]
そこを朝食を終えたダンが走る。
何かを探して、走る。
囲まれた庭で何かを探している。
犬も雪が来て戸惑っている。
トイレの場所を探していた。
雪に大地が覆われて、いつもの場所が見つけられない。
雪に鼻先を入れて、ようやく決めた。
その場所を見つけた。

[雪のなかのダン。戸惑っている]
「日本付近には強い寒気が広がっています。昼ごろまで雪や吹雪があるでしょう。11月下旬から12月上旬の気温です」
テレビの気象情報はこともなげに言った。
外をみると、大きな雪が降っている。
積る雪が落ちている。

[雪のなかのシュンギク]




