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<title>檜槇貢の「地霊、住民、地域社会、まちづくりの世界」</title>
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<description>本格的な地域社会の時代です。 佐世保に生まれ、ふるさとを感じながら、この40年で東京、甲府、宇都宮、弘前と拠点を移して、地域を見つめて生活してきました。このブログで地域社会やまちづくりを発信します。</description>
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<title>お上りさん目線の国会周辺のこと</title>
<description> 容赦のない視線。通行する人に向けられている。広い道路には高級車のハイヤー。考え事をしながら歩いている風に見える中年男性。総理官邸周辺には夏服の警察官。外敵が侵入するかもしれない。誰もが無愛想。地下鉄千代田線国会議事堂前駅を下車。深い地下鉄駅の通路から地上に登り切った。太陽の日射し。その先に首相官邸。予想と違う場所だった。私の頭の地図では自民党本部に近い所に出たい。そう思いながら地下の迷路を歩いてい
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<![CDATA[ 容赦のない視線。<br />通行する人に向けられている。<br />広い道路には高級車のハイヤー。<br />考え事をしながら歩いている風に見える中年男性。<br /><br /><br />総理官邸周辺には夏服の警察官。<br />外敵が侵入するかもしれない。<br />誰もが無愛想。<br /><br /><br />地下鉄千代田線国会議事堂前駅を下車。<br />深い地下鉄駅の通路から地上に登り切った。<br />太陽の日射し。<br />その先に首相官邸。<br />予想と違う場所だった。<br /><br /><br />私の頭の地図では自民党本部に近い所に出たい。<br />そう思いながら地下の迷路を歩いていた。<br />地上に上がってみると、予定の場所より500メートル位も違う場所だった。<br /><br /><br />私の目的地は平河町。<br />こんな匿名性のかたまりのような場所じゃない。<br />タクシーに乗って、一気に場所を移動するか。<br />そう思って国会議事堂の裏側を国会図書館方面に向かって歩いた。<br />先の信号で道を渡れば、平河町方面に向かうタクシーをひろえる。<br /><br /><br />目的の信号は赤。<br />辿り着くと緑。<br />道路の反対側に渡るより先に進んで、次の信号を渡ればいい。<br />そんな信号の色変わり。<br />どんどん先へ先へと歩いて行くことになる。<br /><br /><br />国会議事堂への入り口に中学生の群れ。<br />彼らを通り越してさらに先へ。<br /><br /><br />そんなところで、10数年振りの人に出会った。<br />民主党国会議員の秘書。<br />こんな人が主役の場所なのだから、当然といえば当然。<br />私にとっても不思議な行動。<br />お上りさんの自分。<br />今の自分語り、立ち話で別れた。<br /><br /><br />それにしてもこの辺りは大きく広くなった。<br />国会議員のための建物が新しい。<br />それも堂々としており、赤坂方面につながっている。<br />永田町村は変わらない。<br />私が記憶した国会周辺とは違うもの。<br /><br /><br />首都機能移転が議論されたこと。<br />あれは何だったのか。<br />まぼろしだったのか。<br />国会移転とは真反対の光景が国会周辺に広がっている。<br />弘前の私小さな部屋の片隅に積んでいる首都機能移転の資料。<br />それとは対極にある現実を見せつけられている。<br /><br /><br />自民党本部から平河町まで、肩に食い込むカバンをもって歩いた。<br />お上りさんの私。<br />新聞やテレビで容赦なく批判される国政の政治家。<br />私たちの生活とはスケール感の違う場所に収容されている。<br />それをわかっている人なら、厳しい発言にもなる。<br /><br /><br />何かそんな気分がわかる。<br />国会周辺を1キロも歩きながら、そんなお上りさんの目線。<br />地方に住む人はたまにはこんな行動をとらないといけない。<br />突然降って湧いたような東京都心での私の行動。<br />地下の迷路からのモグラのような行動。<br />どこか納得している自分がいた。<br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>都市の見方</dc:subject>
<dc:date>2012-05-16T06:38:46+09:00</dc:date>
<dc:creator>檜槇貢（ヒマキ　ミツグ）</dc:creator>
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<title>東京平河町の新風景</title>
<description> 「4月1日から公益財団法人になりました」「公益法人改革が10年以上前からいわれていましたね。その具体化ですね」「ええ、この4月から新組織なんですが、まだ活動のペースがつかめません」「何が一番変わったの」「総務や経理の組織がなくなったんですよ。調査研究は公益性があるってことで、研究室だけの団体になりました」「総務の人たちはどうしたの」「別の団体に移籍し、リクルート活動をしているのが多いですね」「こんなご
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<![CDATA[ 「4月1日から公益財団法人になりました」<br />「公益法人改革が10年以上前からいわれていましたね。その具体化ですね」<br />「ええ、この4月から新組織なんですが、まだ活動のペースがつかめません」<br />「何が一番変わったの」<br />「総務や経理の組織がなくなったんですよ。調査研究は公益性があるってことで、研究室だけの団体になりました」<br />「総務の人たちはどうしたの」<br />「別の団体に移籍し、リクルート活動をしているのが多いですね」<br />「こんなご時世にそれは大変だ」<br /><br /><br />5月14日（月）14時過ぎ。<br />私の古巣を訪ねた。<br />15時に東京・八重洲のサテライトで人に会う予定。<br />それまでの時間、実質30分をどう使うか。<br />結局、千代田区平河町の私の古巣を訪問。<br /><br /><br />1973年5月から1998年3月まで私は平河町の財団法人に勤務。<br />ホールとホテルを経営し、その利益で都市問題の調査研究をする団体に勤めた。<br />永田町と霞が関が政治と行政の中心。<br />そこに全国各地から陳情。<br />年末の政府予算の時期にはたくさんの人が歩く場所だった。<br /><br /><br />ホテルを委託に出しホールと会議室を運営。<br />その利益で調査研究をするという建前。<br />東京の中心地に近いところなればこその仕事だった。<br /><br /><br />そういうところには、当然に天下りがいた。<br />キャリアで本省の課長になれなかった人が上司だった。<br />事務次官までの競争の早い段階でふり落とされた人が4，5年ごとに赴任していた。<br /><br /><br />私はそこの研究員だった。<br />研究室が私の職場。<br />頼まれた調査の報告書をつくっていた。<br />そこに10数年まえに大きな嵐が吹き始めた。<br /><br /><br />公益法人の看板にふさわしい団体に切り換えよ。<br />日本中にたくさんの財団と社団ができていた。<br />その多くは東京にあった。<br />それも千代田区。<br />政府の行革はその逃げ場は公益法人だった。<br />平河町に勤めていると、そうはいっても切り換えられないと思っていた。<br /><br /><br />私は平河町の財団をやめて、<br />実質的には1998年4月から山梨県のシンクタンクに出た。<br />県認可の財団だった。<br />それまでの調査研究経験を見込まれる異動だった。<br />形式的にも平河町の財団をやめたのは2001年3月末。<br />宇都宮に6年、弘前に5年。<br />11年目に最初に勤めた財団が「公益財団法人」になったということだ。<br />その知らせを受けていたので、東京での自由時間にそこを訪ねた。<br /><br /><br />冒頭の会話はその研究室古参の人物とのもの。<br />その人とも一緒に活動したことはない。<br />顔と名前を知っているだけ。<br />だから会話はすすまない。<br />これからどうするのか、どんな未来が待っているのか。<br />そんなことも聞けない。<br />ぎこちなく、不思議な時間を送った。<br /><br /><br />隣の麹町中学校は大掛かりな工事中。<br />その周辺の建物はどれも、これもつくり変え。<br />ビジョンなき改造を思う。<br /><br /><br />ノスタルジーなんてものじゃない。<br />人任せ、社会任せの無責任な公益法人改革。<br />そんな場所にも、居残っている懐かしい顔にまだ会うことはできた。<br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>都市の見方</dc:subject>
<dc:date>2012-05-15T07:16:39+09:00</dc:date>
<dc:creator>檜槇貢（ヒマキ　ミツグ）</dc:creator>
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<title>箱の街、東京</title>
<description> セメントを固めた石づくりの迷路。目の前の表示を頼りに歩く。勘が働かない。その辺りを教える地図。矢印が頼り。記号が交錯し、情報を失ったり、獲得したり。目の前を人が歩く。石の道。明るくされた洞窟の中を歩いているようだ。目に入る表示。少し不安になりながらも、先に見た表示。そこで決めた方向を信じて歩く。試されている。箱の街が使えるのか。目的地にたどり着けるのか。私の目的地は慶応義塾大学。港区三田。5月13日
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<![CDATA[ セメントを固めた石づくりの迷路。<br />目の前の表示を頼りに歩く。<br />勘が働かない。<br />その辺りを教える地図。<br />矢印が頼り。<br />記号が交錯し、情報を失ったり、獲得したり。<br /><br /><br />目の前を人が歩く。<br />石の道。<br />明るくされた洞窟の中を歩いているようだ。<br />目に入る表示。<br />少し不安になりながらも、先に見た表示。<br />そこで決めた方向を信じて歩く。<br /><br /><br />試されている。<br />箱の街が使えるのか。<br />目的地にたどり着けるのか。<br /><br /><br />私の目的地は慶応義塾大学。<br />港区三田。<br /><br /><br />5月13日（日）9時55分。<br />地下鉄都営三田線の三田。<br />そこから学会の会場に辿り着きたい。<br />少し遅れている。<br /><br /><br />時計を見ながら、表示に頼る石の街。<br />弘前に慣れた私。<br />年齢も高くなったせいか。<br />不安を感じる。<br /><br /><br />地上に出た。<br />昨日見た風景。<br />でも、角度が違う。<br />結局、地下を通っても近道になっていない。<br /><br /><br />日曜日の繁華街。<br />剥げた化粧のままに営業中の看板。<br />それを通り過ぎて、学会の会場へ。<br /><br /><br />日曜日の東京は人が少ない。<br />休みの都会の独特のテンポ。<br />まったりとした気持ち悪さ。<br /><br /><br />3人目の報告者が始まっていた。<br />すでにレジュメは残っていない。<br />ただ、ひたすらにノートをとった。<br /><br /><br />石の迷路の箱の街、東京。<br />空間を単純化。<br />時間に合わせて動きやすい街にしたい。<br />それなのに、迷い始めたら、どこまでも迷う。<br /><br /><br />学会で聞く震災後の避難者のこと。<br />原発避難者。<br />迷路の箱の街、東京。<br />休みの大学のキャンパス。<br />不思議な時間を過ごした。<br /> ]]>
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<dc:subject>都市の見方</dc:subject>
<dc:date>2012-05-14T07:32:45+09:00</dc:date>
<dc:creator>檜槇貢（ヒマキ　ミツグ）</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>東北新幹線趣味の園芸ゼミ</title>
<description> 「それは出ないな」「菌によって違うが、初めは木を立たせておかなければだめなのよ」「しばらくは20℃を保って、杉の葉っぱを乗せておくのがいいね」「打ち込んだ後に、ロウで別の菌が入ってこないように穴をふさぐのも必要だ」「椎茸栽培は木の子のなかでは一番難しい。いつまで待っても多分出ないね」先の連休期間に私は50本の楢の原木に少しずつ種駒を打ちこんだ。その話を黙って聞いた後に、専門家からの答えが返ってきた。シ
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<![CDATA[ 「それは出ないな」<br />「菌によって違うが、初めは木を立たせておかなければだめなのよ」<br />「しばらくは20℃を保って、杉の葉っぱを乗せておくのがいいね」<br />「打ち込んだ後に、ロウで別の菌が入ってこないように穴をふさぐのも必要だ」<br />「椎茸栽培は木の子のなかでは一番難しい。いつまで待っても多分出ないね」<br /><br /><br />先の連休期間に私は50本の楢の原木に少しずつ種駒を打ちこんだ。<br />その話を黙って聞いた後に、専門家からの答えが返ってきた。<br />ショックである。<br /><br /><br />5月12日（土）6時41分弘前の電車に乗った。<br />7時32日新青森発の新幹線。<br />七戸十和田から私に近い年齢の夫婦が3列席の窓側に座った。<br />旧十和田湖町で農業をしている夫婦だと自己紹介。<br />三島までご子息の結婚式に行くのだという。<br />奥さんは結婚式でのあいさつ文のメモを読み直している。<br /><br /><br />何がきっかけだったか。<br />アスパラガスの話になった。<br />太く大きなものができるまでの方法を教わった。<br />収穫は6月までにして、後は採らないで生やしっぱなしにするのがいい。<br />根を大きくしなければ、いいアスパラガスは育たない。<br />その次の話題が冒頭の椎茸原木栽培。<br />冷たく、はっきりと「出ない」といい切られた。<br /><br /><br />今年は何をつくるのかを尋ねられた。<br />そのそばで、奥さんが自分の旦那は農業指導をしているとも告げた。<br />新幹線は盛岡を過ぎていた。<br /><br /><br />二十日大根、キュウリ、ピーマン、トマト、ナス、かぼちゃ、スイカ、ダイコン。<br />それらを少しずつ植えると話した。<br />二十日大根、キュウリ、ピーマンについては何も言われない。<br /><br /><br />トマトのうちミニトマトは失敗がないので、夫婦用なら2株位で十分。<br />普通のトマトは雨に弱いので雨除けをすること。<br />ナスはニラと一緒に植えると虫がつきにくい。<br />ナスは花がついたら、枝を3本にして育てる。<br />かぼちゃは授粉なんかしなくて、放っておけばいい。<br />スイカは授粉がいるが、玉ができた後に、ビニール等を敷くといい。<br />熟したことの目安はスイカにつくツルが枯れたこと。<br />ダイコンはとった後で、雪の土に埋めて保存するといつまでももつ。<br /><br /><br />さらに苗のこと。<br />同じものでも種の値段が相当違う。<br />トマト、ナスでも種の値段差は大きい。<br />5倍、10倍は違うのだという。<br />自分の家では、高い種を買ってきて、育てて作るが素人はそれは無理。<br />苗はホームセンターで買うよりも種苗屋か農協で買った方いい。<br />それも値段のいいものがいい。<br /><br /><br />こんな話を聞いているうちに、時間は10時を過ぎた。<br />新幹線は宇都宮辺りを通過していた。<br /><br /><br />結婚式に向かう農家の夫婦。<br />この二人からの家庭菜園づくりの講義。<br />アスパラガス、椎茸、トマト、ナス、かぼちゃ、スイカ、冬越しのホウレン草。<br />趣味の園芸ゼミ<br />旧十和田湖町の農家という以上は名前も知らない。<br />そんな夫婦による趣味の園芸ゼミ。<br />大宮辺りでゼミが終わった。<br />こんな新幹線の使い方もいい。<br /> ]]>
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<dc:subject>野菜</dc:subject>
<dc:date>2012-05-13T06:55:49+09:00</dc:date>
<dc:creator>檜槇貢（ヒマキ　ミツグ）</dc:creator>
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<title>海の都市と森の都市の観光談義</title>
<description> 21世紀は観光の世紀。そう言われて久しい。すでに21世紀に入って12年目。それなのに、観光を地域づくりの中心として議論されることは多くない。青森に住んで6年目。東京からの時間距離ばかりを計算する生活だった。東京、名古屋、大阪といった三大都市圏。津軽海峡を渡った函館、札幌。どこに行くのも、時間のかかり方を考える。地方暮らし。時間がゆっくりと動く社会。いつの間にか、そんな社会が観光の対象になっている。忙しく
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<![CDATA[ 21世紀は観光の世紀。<br />そう言われて久しい。<br />すでに21世紀に入って12年目。<br />それなのに、観光を地域づくりの中心として議論されることは多くない。<br /><br /><br />青森に住んで6年目。<br />東京からの時間距離ばかりを計算する生活だった。<br />東京、名古屋、大阪といった三大都市圏。<br />津軽海峡を渡った函館、札幌。<br />どこに行くのも、時間のかかり方を考える。<br /><br /><br />地方暮らし。<br />時間がゆっくりと動く社会。<br />いつの間にか、そんな社会が観光の対象になっている。<br />忙しく動いている時代。<br />時間に追いまくられている都会。<br />その人たちをたくさん呼びこむ。<br /><br /><br />そのためにはインフラが必要。<br />とくに新幹線、高速道路、空港。<br /><br /><br />とくに、新幹線。<br />青森県の東の玄関口の八戸まで東北新幹線がたどりついて10年。<br />青森市の郊外まで新幹線が入って2年目。<br />新幹線は北海道に向かって整備が進んでいる。<br />あと、4年ほどで新青森から函館まで40分の時間で行ける。<br /><br /><br />5月11日（金）に八戸市と弘前市のトップ層の政策マンによる交流会を弘前大学で実施。<br />震災復興から立ち上がる八戸。<br />震災復興の2011年に築城400年祭をやり抜いた弘前。<br />二つの都市の政策情報を交換。<br />共通するテーマとして、観光を設定。<br /><br /><br />新幹線を軸にした観光開発。<br />観光商品をどう作っていくのか。<br />どうしてもそこに話題はいく。<br /><br /><br />しかし、二つの都市は自然条件が基本的に違う。<br />八戸は海に開かれた都市。<br />南部衆。<br />太平洋の恵みを活かしながら、都市をつくってきた。<br />観光もその流れと無縁ではない。<br /><br /><br />弘前は森の国。<br />白神山地、岩木山の恵みを受けて都市をつくってきた。<br />祭礼と積雪。<br />津軽衆。<br />都市の文化に深く係わっている。<br /><br /><br />東の八戸。<br />東京から玄関口<br />西の弘前。<br />北海道への陸の出口。<br />この二つの都市がどのように振る舞うのか。<br />青森県にとってはとても重要なこと。<br /><br /><br />私の居場所から見つめる八戸と弘前。<br />そのつながりは興味深い。<br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>青森</dc:subject>
<dc:date>2012-05-12T08:45:51+09:00</dc:date>
<dc:creator>檜槇貢（ヒマキ　ミツグ）</dc:creator>
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