障がいのある人と暮らすということ

「片道80キロの道を送り迎えしている女性がいます」
「80キロっていえば、2時間はかかるでしょう?」
「うん、それでも近くに子どもを入れる養護学校がないんです」
「往復で4時間じゃ、2往復で8時間じゃないですか」
「そうなんですよ。だからたいがいは学校のそばで時間を潰すんですね」
「知り合いの家に行ったり、買い物したりして、学校の終わり時間を待つ?」
「そう、そのまち時間にショッピングセンターのバイトなどをやってい人もいる」



8月23日18時頃の懇親会での会話。
北海道伊達市にある太陽の園の小林繁市さんを中心に、7人での席。
この日はつがる市教育委員会で講演。
「障がい者もまちに飛びだそう!」というテーマだった。



昨年、9月に伊達市に障がい者を巻きこむ商店街づくりを調査に行った。
その際に、小林さんにお会いし、障がい者がまちで生活する工夫の実態を聞いた。
障がいをもった人がまちをつくるという信念をもつ人だ。



この日の13時過ぎに、つがる市木造の松の館に行った。
会場はホールではなく、5、6人が座るテーブルが5台の会議室。
30人ほどが聞き手。
1時間半の講演が終わり、そのあとは各テーブルでの意見の出し合い。



その席では、理想やあるべき論。
そして、障がい者から目をそらす現実。
障がい者を遠ざけている。
「子どもの時から障がい者にふれる社会にしないといけない」
そういう発言が出るくらいに障がいを持つ人を遠ざけている。




そんななかで、小林さんはいう。
障がいをもつ子どもの学校の養護学校の立地は、過疎対策に組み込まれた。
障がいをもつ自分の子を人の目にふれさせない。
そんな感情と過疎地対策が合流。
結果として、障がいをもつ人は生まれた所に戻れない。
障がいをもたない人はその現実を目にしない。
だから、一緒に暮らせない。
心のバリアーが残り続ける。




こんな論議の後に、酒の入る懇親会。
そこでの会話が冒頭のもの。
つがる市には森田地区に養護学校があり、柏のショッピングセンターがある。
そんな立地をイメージしながら聞いていた。
7人の懇親会。
濃密な情報も飛び交う。



障がいのある人がまちで暮らす。
人の集まる所にいること。
仕事をもつこと。
住居をもつこと。
結婚等により家族をもつこと。



障がいのない人には、それほどのこともないこと。
それが今の社会で障がいをもつ人と家族にできていない。
わずかのお金を渡し、施設をつくって人の目から遠ざけている。
遠ざけている人、遠ざけられている人の家族が、当事者を外して、変な共生をしている。



障がいをもつことは誰にでもある。
人間のなかにその要素がある。
年を重ねると、誰しも障がいが出るようになる。
交通事故にあって脊髄を損傷すると、誰もがそのまま障がいをもつ人になる。
この当たり前のことを忘れている人が多い。



懇親会で、障がいをもつ子を育てている父親が言った。
「この子が、他の人よりも、たくさんの経験をさせてくれる。
おかげで人生が豊かになった」
強がりばかりではない。
さわやかな目で語ってくれる。



小林さんの言う「障がいをもった人がまちをつくる」ことは、
それを指しているのだと思った。
この父親の家庭をまちに置き換えればいい。
障がいをもつ人をまちが受け入れることで、まちは豊かになる。
いよいよ、そんなまちづくりが始まる。






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