助産師中心のお産支援文化

子どもは女性の里で産むものだった。
子どもを産むときは、嫁ぎ先から実家に戻っていい。
そんなことが常識だった。
私もその常識に従った。
正確なことは忘れたが、2人の子どもが生まれるときは里に返した。
もっとも、里とはいっても東京渋谷だったので、その間は一人暮らし。
それができるのは、国内どこでも子どもを産める環境にあることが前提。



国内の出産体制に黄色信号がともっている。
産婦人科医がいなくなっている。
それに加えて、お産の医療化が広がっている。
そのために、お産難民が都市と農村を問わず怒っている。
その理由はいろいろとあるので、ここではふれない。



8月22日の自治体学会で岩手県遠野市長の報告を聞いた。
遠野市は柳田国男の遠野物語で有名。
民話の里。
東北を代表する町の1つ。
このまちから産婦人科医がいなくなって6年。
毎年220人の子どもが誕生しているのに、産婦人科医がいない。
人口3万1200人のまちに産科医療がない。


やむをえず、県庁所在都市の盛岡市の病院に依存している。
遠野市政は、盛岡までの交通費を半額助成。
盛岡に検診を受けに行くための経済的負担の軽減策を打っている。


だが、出産期には母体に何が起きるかわからない。
そこで助産師の活動に期待。
盛岡の病院とインターネットで結んで、画像データによる検診。
妊婦側に助産師が動く。
助産師の責任による助産が行われる。



遠野市は、そんなしくみをうみ出した。
「ねっと、ゆりかご」という助産院をつくった。
これは病院の中ではなく、公共施設の会議室を改造してのもの。



病院の中に作りたかったが、それができなかった。
それがむしろいいことだと言われていると市長はいう。
お産は病院ではなく、「産婆」のしごと。
病院という安全神話の場所から離せた。



助産文化という言葉がある。
お産の医療化のなかで、忘れ去られようとする言葉だ。



産むのは妊婦。
それを夫が支える。
それを助産師が支える。
それを家族が支える。
仲間が支える。
それを地域が支える。
医師は支えるのではなく、救うもの。
そんな地域でのあり方が見えてくる。


遠野市は、このために2人の助産師を正規職員として採用。
医師不足を嘆いてばかりではいられない。
財源が厳しいけれど、いのちを守ることが大事だと遠野市長はいう。


医師不足の時代。
医師を増やすために八方つくす。
それでも簡単に医師の席は埋まらない。


そんな中で、地方で出産文化の再生。
助産師が半歩前に出てくる。
それに合わせて、休眠していた夫や家族が半歩前に出る。
職場も出てくるかもしれない。
それがうまくいけば、社会が変わる、まちがおもしろくなる。






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