名前負けの名前徳(得)

「あなたに会って、びっくりしたんです。」
「はあ?どういうことですか」
「あなたの名前ですよ」
「私の名前ですか?それが何か」
「ええ。私に二人の恩師がいましてね。檜山先生と槇先生という方なんですよ」
「はい」
「この二人の恩師はすでに亡くなっているんです。その二人を合わせて名前の方。それが檜槇さんなんですよ。お名前を見て、びっくりしましたよ。そして、あなたのお名前をみると、二人の恩師を思い出すんですよ」




こんなことを言われて、私の方もびっくりした。
この相手が誰なのかは書けないが、
こんな経験は生まれて初めてのこと。



子どもの頃から、自分の名前が難しいと思っていた。
最初に会った人にまとも呼ばれたことがない。
読み方を聞かれることは、いつものことだった。



私の20歳代だった1970年代までは手書きの時代だった。
ワープロ、パソコンが普及するまでは手書きが基本だった。
その時代には、私の家族は略字を使っていた。
「桧槙」である。
これだって難しいが、まだ書きやすい。
こうやって、活字で見るとかわいいが、何かしまりがない.。



私は高校時代から戸籍の字を使っている。
今でも、私は「檜槇」であって、「桧槙」ではないと思っている。
子どももカミサンも戸籍字を使っている。
パソコン時代になって、何の苦もなくなった。



生まれてこの方、私と同じ名前に出会ったことがない。
今も佐世保に一人でいる母、北九州にいる兄家族の4人、神奈川県内に住む従兄家族の5人、そして私の家族が「檜槇」を使っている。
それ以外には知らない。



25年位前に、福岡市大名町のホテルカウンターに「ひまき」さんを見つけた。
その漢字は「日巻」であった。
その人は大分出身だった。




檜槇は愛媛県の伊予の産だ思う。
松山から宇和島に至る地域に住んできたのではないか。
海から見ると、豊後水道からみる陸地。
私の本籍は亡くなった父の本籍のまま。
愛媛県大洲市大洲だ。




半年以上も前に、ブログの「ひまき日記」を見つけた。
その作者に名前を問い合わせた。
そのブログのコメントで反応してくれた。
だが、それが本当の名前なのか、どういう漢字をあてるのかは不明。



インターネットで「檜槇」を検索すると、すぐに1500件位が出る。
ブログを毎日アップしているので、私のブログが出る。
それ以外には、兄の長男の名前などを見る。
檜風呂、槇の材木のことなども登場し、苦笑させられる。



それにしても、名刺を出すと、名前が誉められることがある。
青森に来て、それが増えた。
ヒバはヒノキ科の木で、青森にはそれが多いということもある。
檜田という性をもつ学生にも出会った。



「いい木を2つも使っている名前に初めて出会いました」と言われてきた。
「名前負けです」といってきた。



冒頭の会話の相手は私より20年も年上の人。
その人から、しみじみと恩師のことを聞いた。
私の名前の字を見るたびに、恩師を思い出されていた。
私はかしこまるしかなかった。



名前負けはこれまでずっとのことだ。
だけど、恩師を思い出していただく年上の人がいた。
これは間違いなく、「名前の徳(得)」である。
ご先祖様の美意識と構想力に感謝。







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2009/01/03 20:05| |   [Edit]
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