神々の会議の始まり

「代表者会議というこの集まりは、どんな性質のものなんですか」
「自主勉強会のしくみを具体的につくり上げるための会議です」
「何をどこまで決めるんですか」
「それは皆さんに考えてもらうことになりますが、運営のしくみを決めることでしょう。その点では自主勉強会を創造することでしょうね」



8月30日(土)午前10時を少し回っていた。
弘前大学大学院地域社会研究科の演習室でその会議は始まった。
机をロの字に並べて、私を含む12人が会議に集まっていた。
出席者の名前は予め知っていたが、みんな若い。
弘前市2名、平川市1名、つがる市2名、鶴田町1名、藤崎町1名、それに院生1名。
あとは県町村会3名と私。
みんな少し緊張気味だった。



昨年の12月25日に、青森県の町村会の幹部が大学に来られた。
県内市町村の職員の自主的な研究グループをつくりたいという趣旨。
青森公立大学で自主的な研究グループができており、その先例に学びたいという内容。
弘前大学でも、できないか。
私は二つ返事で了解した。



決して、自信があったわけではない。
研修ではなく、交流を基調にする。
大事なことだと直感。
大学を市民に開くということでもおもしろい。



年が明けて、4人の市町村職員との会議が始まった。
自主的な交流の会のはずだが、大学の教員が教師で市町村職員が学生の関係。
そんな形が想定されていた。
これは違う。
「大学の教員も市町村の現場の情報は勉強になるので、この形は違う」
と私は語っていた。



大学は研究教育の場所。
この場所の裏の時間に、津軽地方の市町村職員が課題をもち寄る。
情報とアイデアの交換。
表の仕事ではない。
大学の教職員に期待されている仕事ではない。
本当に学びたいものだけが集まる。
自分のために、自分で時間をつくって休みの時に大学で学ぶ。
私が大学の鍵を開ける。
二つ返事は、そんな思いから。



そのことを了解されるのに、半年を要した。
立場を外して、地域のことを考える。
津軽、青森、北東北、北国に向き合う。
それを理解してもらうために、東京・町田市の石阪市長に講演をしてもらった。
その集まりには、まだ若い人はほとんどいなかった。




7月12日には、地方自治の研究者の大森彌さんに来てもらった。
元気な自治体職員のイメージを聞かせたかった。
弘前大学は自治・分権、そして市町村職員の自主性を重視している。
弘前大学は、自治体職員の味方だということをわかって欲しい。
それを青森県内に発信したかった。




大学のホールの講演に100人近くの市町村職員が集まった。
大学は本気を見せていると思った。




弘前大学の大学祭が10月24日から3日間開かれる。
そこで地域共同研究センター主催で「首長シンポジウム」を開く。
5人の市町村長に来ていただいて、これからの地域政策を議論する。
大学は本気を見せたいと思っている。



この大学は本気の発信を続ける。



市町村の自主的勉強会をやろう。
津軽の自治を見直そう。
すぐにでもできそうなことに、8か月もかかった。


それで冒頭の会話。
会議の始まりで、その会議の趣旨を確認する会話。
この会議での若い市町村職員の顔ぶれ。
ようやく集まるべき人が集まったと思った。
この人たちは新たな集いの神々に見えた。



このような会議は全国各地にある。
だが、メンバーシップで動くことは容易ではないことを私は知っている。
夢を共有しながら、先に進まないと実を結ばない。
実を結ばない集まりはやっても仕方がない。


まだ油断していないが、声をかけられて8か月。
1つのステップを踏んだ実感をもっている。







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